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| ステイゴールド伝説 |
| 競馬の世界のみならず、どんな世界でも必ず主役の影に隠れる脇役は存在する。 夜空に燦然と輝く一等星があっても、その横に疎らでも輝く星々がなければ綺麗な星空は演出されない。 競馬界でもそれは言えること。 常に勝ち続ける最強馬が只一頭というよりも、数頭のライバルが存在して、その中で切磋琢磨していく方が面白みも増すというもの。 ステイゴールドは、ひたすらに脇役の道を歩み続けながら、最終的には主役馬へ登りつめた苦労馬だ。 元々、サンデーサイレンス産駒特有の荒い気性で、厩舎内でも自分が一番と言わんばかりの横暴な振る舞いを見せていたステイゴールドは、デビュー前から素質馬として期待されていたが、何と競馬場初登場から初勝利を挙げるまでに６戦もかかっていた。 ２歳末にデビューして初勝利は３歳の５月だったのだから、当然、春のクラシックシーズンには間に合わず、菊花賞を３歳最大の目標に置いてスケジュール調整が行われた。 初勝利後は、ある程度まとまった成績を残していき、秋には念願だった菊花賞にも何とか出走。 結果こそ出せなかったが８着に好走して、陣営に今後を期待させる希望を残した。 そして、３歳末に行われたゴールデンホイップＴからステイゴールドの忌まわしい伝説が始まったのだ。 「善戦マン」「シルバーコレクター」などという有難くないいわれの･･･。 1600万下のゴールデンホイップＴで２着に入ったことから、この時はステイゴールド陣営も翌年に繋がるレースだったと思ったはず。 しかし、この２着後は年が明けて３戦目となったダイヤモンドＳまで続き、４戦連続で勝ち星を取りこぼしてしまったのだ。 ゴールデンホイップTはクビ差の２着、万葉Sはハナ差でまたもや２着、松籟Ｓもハナ差の僅差で敗れた。 何とも勝ち運がないと言うべきか･･･。 さらにステイゴールドのシルバーコレクターぶりは留まるところを知らず、継続されていくことになった。 天皇賞(春)、宝塚記念、天皇賞（秋）と古馬の中長距離GⅠで、悉く２着となったのだ。 GⅠ前には必ず重賞を叩き台にして、そこでは掲示板に載る程度の成績を収め、いざ本番の大レースを絶好の状態で迎えているにも関わらずの惜敗続き。 中々勝てないが、確実に好走することから、この頃からファンの間では「善戦マン」の名前がしっかりと定着していった。 ついでに、この年の有馬記念はグラスワンダーの３着に入ってブロンズコレクターと呼ばれたこともしばしば･･･。 ５歳になっても彼の善戦ぶりは続く。 まるでメビウスの輪の中に陥ったように、善戦という言葉が永遠にループしていったのだ。 極めつけだったのが５歳秋の天皇賞。 道中は中団よりも少々前に位置取りして直線で素早く抜け出すと、東京競馬場に詰め掛けた多くのファンはステイゴールドの勝利は十中八九、問題ないと思ったはず。 しかし、外から猛烈な末脚で突っ込んできたのがスペシャルウィークだった。 あと数センチ先にゴールしていれば２年２ヶ月ぶりに勝利の２文字に手が届くところまで行きながら、またしてもクビ差という僅差で２着に甘んじてしまったのである。 山頂直前で崖が崩れ落ちた気分だったことだろう。 長いトンネルから抜け出せずに闇をさまようにステイゴールド。 ６歳を迎えてもＡＪＣＣ２着、京都記念３着、日経賞２着、天皇賞（春）４着と、その善戦ぶりは輪をかけて広がり、 「ステイゴールド＝勝てないけど善戦」 という図式は完璧に競馬ファンの固定概念となった。 もがき苦しむステイゴールドだったが、遂に善戦マンの汚名を返上する時がやってきた。 雨の降りしきる東京競馬場で行われた目黒記念で約２年８ヶ月ぶりの勝利を収めたのである。 レースでは、いつも通り中団待機から直線勝負に持ち込む。 直線で鞍上の武豊がムチを入れると素早く反応して、先に仕掛けていた長距離戦に強いマチカネキンノホシ、スエヒロコマンダーを交わすと、一直線にゴール板を駆け抜けた。 ステイゴールドが先頭でゴールすると、雨の中、東京競馬場に詰め掛けた多くのファンから歓喜の大声援が巻き起こり、GⅠレースでもないのに「ステイコール」「ユタカコール」が巻き起こったのは実に印象的だった。 翌日のスポーツ新聞でもステイゴールドの久々の勝利が大きく取り上げられたほど話題となっていた。 この馬がどれだけ多くのファンに見守られ、愛されていたかということを改めて実感させられた勝利だったと言える。 久々に勝利の美酒に酔いしれ、このままの勢いでGⅠ制覇までひた走るかに思われたが、そこはさすがにステイゴールド。 この後はまたしても善戦マンに逆戻りして、結局この年は目黒記念の１勝のみで、いよいよ彼の現役ラストイヤーとなる７歳時に突入する。 ７歳初となるレースは、１月末に行われるAJCCか日経新春杯のどちらかに進路をとる予定だったのだが、ステイゴールドを管理する池江調教師は悩んでいたようだ。 本来は地元の関西で行われ、距離も長い日経新春杯へ迷うことなく進むはずなのだが、斤量が58.5ｋｇになるのは厳しかったからだ。 それでも「地の利」ということを考慮して日経新春杯へ出走。 レースでは、いつもなら馬群の真ん中にいるはずのステイゴールドが、斤量が重いということもあり今回は先行策に転じる。 それが功を奏したのか直線に入ると、通常以上の末脚が爆発。 逃げるサンエムエックスをゴール手前200ｍで捕まえると、一気に後続を突き放してゴールした。 抜け出してからの伸びは、今までのステイゴールドとは馬が代わったように強烈で、ステイゴールドを語る上で必要不可欠なレースとなった。 日経新春杯で２つ目の重賞タイトルをゲットしたステイゴールド陣営は、この勝利後にある決断を下した。 かねてからプランも出ていた海外遠征へ本格的に乗り出すことを発表。 日経新春杯から70日後にアラブ首長国連邦のドバイへ遠征することになる。 初の海外遠征ということもあり、日本のファンも彼の活躍をそんなには期待していなかったと思う。 現にドバイへ取材で訪れた報道陣も、 「ステイゴールドは善戦で、モハメド殿下の持ち馬であるファンタスティックライトが勝ちそうだ」 などと談議していたものだ。 そしてドバイシーマクラシックがスタート。 レースでは案の定、先行策にでたファンタスティックライトが直線で抜け出し、このまま決着が付くと思われた。 しかし、残り200ｍを切った地点で黄色と黒の社台ストライプの勝負服に身を包んだ武豊騎手が渾身のムチを振り上げて、ステイゴールドと共に猛追撃を開始した。 一完歩進むごとに前を行くファンタスティックライトとの差は見る見る縮まり、遂にはゴール直前で数センチほどステイゴールドが抜け出して会心の勝利！ 初海外遠征で初勝利。 日本の善戦マンが世界の大舞台で主役に躍り出た瞬間だった。 後にファンタスティックライトを管理するS・ビン・スルール調教師は、 「彼（ステイゴールド）の強さは本物。世界で一番有名な日本馬になる」 と公言したことを付け加えておこう。 ドバイで世界的な知名度を手に入れたステイゴールドは、帰国すると宝塚記念に出走。 ここでは４着に敗れはしたが、明らかに以前のステイゴールドとは雰囲気が一変し、世界の大舞台を経験した上積みが見られていた。 それが証拠に秋緒戦となった京都大賞典ではテイエムオペラオー、ナリタトップロードの２強をキッチリと沈めて先頭でゴール。 ･･･かと思われたが最後の直線でナリタトップロードの進路を妨害し、トップロードは落馬。 別の意味でナリタトップロードを淀のターフに沈めてしまい、無念の失格処分となった。 もしも、ナリタトップロードの進路を防いでいなくても、あの直線での脚ならば勝利をモノに出来たはず。 「強さは存分にアピールすることが出来たのだが」 と陣営も頭を抱えていた。 失格騒動後は、天皇賞(秋)、ＪＣといつものように善戦し、遂にラストランの日が近づいてきた。 引退レースは香港で行われる国際GⅠの香港ヴァースだ。 レース当日は日本からもステイゴールドファンが大挙押し寄せ、それに触発されるかの如く香港人の競馬ファンも地元のインディジェナスより、ステイゴールドへ大声援を送っていたほどだ。 レース前日に現地で放映された競馬予想番組の中でも各予想人が「香港ヴァースでのステイゴールドの勝利は堅い！」とコメントするなど、ステイゴールドへの期待は大きく、香港ヴァースはステイゴールド一色となっていった。 そして注目のレースでは、直線で粘るドバイのエクラールに対して、中団追走から追い込み勝負にかけたステイゴールドが徐々にその差を詰め寄っていく。 エクラールはドバイシーマクラシックでステイゴールドが破ったファンタスティックライト同様にモハメド殿下の所有馬で、お馴染みとなった青い勝負服。 さらに騎手はあの時と同じL・デットーリだ。 日本の競馬ファンは当然の様にドバイシーマクラシックの映像が脳裏に蘇ったことだろう。 そんなドバイシーマクラシックでの追い込みがデジャブー現象だったと思わせるほど、ステイゴールドの脚は強烈で、今回もゴール直前で青い勝負服を僅差で捕らえて先頭でゴールした。 大観衆に迎えられて武豊騎手と共にウイニングランを行うステイゴールド。 この時の彼の姿を見ていると、日本の善戦マンという概念は何処へ吹き飛んだのやら、そこには世界の大舞台で堂々と頂点に立った名馬の顔があった。 恒星と共に星団を形成していた小さな星が、一際強い輝きを放った一瞬に多くの競馬ファンが酔いしれた。 まさに感動の２文字しか思い浮かばないラストランだった。 ちなみに、２度も自分の持ち馬がステイゴールドに差されたことで、ドバイのモハメド殿下がステイゴールドの父であるサンデーサイレンス獲得にさらに意欲的になったのは言うまでもない。 デビューから50戦目となるラストランで悲願のGⅠ制覇を達成。 彼の競走馬人生の８割は善戦マンとしての脇役だったが、何度となく演じた主役としての姿は強く競馬ファンの心に残っている。 彼の頑張りで、 「脇役でも、生まれ付いての主役じゃなくても頑張れば頂点に立てる」 という意欲をもらった人も少なくはないだろう。 多くの人々に感動を与えた彼こそ名馬と呼ぶに相応しい存在だ。 |